参考資料 朝日新聞
広がる出生前診断 開始から3年半 受診者3万人超 朝日新聞 2016(平成28)年9月28日
妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断が臨床研究として始まって3年半。参加施設は全国約70病院に増え、受診者は3万人を超えた。希望者は事前のカウンセリングを経て、検査を受けるかを決めることになる。 カウンセリング 選択支える 新型出生前診断は結果が出るまで2週間かかる。「陽性」と出て人工妊娠中絶を希望する場合、決断まで時間的な余裕はほとんどない。希望者が検査精度の解釈や羊水検査のリスクなどを誤解していることも珍しくない。 染色体異常に伴う障害にはそれぞれ特徴や個人差があるが、「育てるのが大変」「つらい」との思いが先立つ人も少なくないという。 「カウンセリングではどんな病気が見つかっても育てていけるようにサポートすること、悩み抜いて出した決断は尊重することを丁寧に伝えるようにしている」
人材の育成が課題 臨床研究を実施する病院グループは今年9月、1年目の受診者のうち約7300人のアンケート結果を発表した。 平均年齢は38.3歳で、受診の理由として97%が「高齢妊娠を」を挙げたが、14%は「家族に勧められた」と回答。「流産のリスクがない」「妊娠早期から検査できる」を高く評価した。 参加施設の医師からは「臨床研究の役目は終えた」として施設要件などを満たせば実施できる仕組みへの移行を求める声が上がる。病院グループ事務局の関沢明彦・昭和大教授は「カウンセリングの中心となる病院が多くの都道府県で整備されつつある。(臨床研究の指針を作った)日本産科婦人科学会で臨床研究を続けるべきかを議論してほしい」と話す。検査の希望者は今後も増えるとみて、専門の医師・カウンセラーの養成を今後の課題に挙げる。
(南宏美)
ダウン症の人「毎日幸せ」9割超
厚労省研究班が初調査 朝日新聞 2016(平成28)年11月24日
ダウン症の人の9割以上が「毎日幸せ」と感じている-。厚生労働省の研究斑による、当事者への初の意識調査の結果がまとまった。産む前に、ダウン症など胎児の染色体異常を調べる「新型出生前診断」が広がる中、当事者のことをよく知ってもらうことで、適切なカウンセリングや支援体制につなげる狙いで行われた調査だ。 調査は昨年10〜12月、日本ダウン症協会の協力を得て、協会員5025世帯にアンケートを送付。12歳以上の852人(平均年齢22・9歳)が回答した。働いている人が約6割だった。 「毎日幸せに思うことが多いか」との質問には「はい」が71%、「ほとんどそう」が20%だった。「友達をすぐ作ることができるか」との質問にも、計74%が肯定的に回答した。海外で過去に行われたダウン症の当事者の研究結果ともほぼ一致する。 米国で284人の当事者に聞いた調査(2011年)でも、99%が「幸せ」と回答していた。日本ダウン症協会の水戸川真由美理事は「ふだん接している我々からすれば驚くべきデータではないが、数値化されたことに意味がある。当事者は自分の障害を深刻に受け止めているわけではないことを知って欲しい」と話している。
「検査前に実態知って」 新型出生前診断は、導入から3年で計3万615人が受け、染色体異常が確定した417人のうち94%が中絶を選択した。 ダウン症は、知的発達の遅れや心疾患を伴うことが多い。発達はゆっくりだが、豊かな感性や知性を発揮して活躍する人もいる。調査を担当した三宅秀彦・京都大特定准教授(遺伝医療)は「検査を受けるかどうか決める前に、ダウン症の実態を知って欲しい」としている。
人生に厚み 子のおかげ 東京都に住むダウン症の加藤錦さん(33)は2001年から、都内のパン屋で契約社員として働く。 月給は約10万円。結婚に備えて貯金し、休日にはカラオケでKinKi Kidsの曲を歌う。「毎日、仕事のみんなと仲良くできるのが楽しい」と話す。 母の美代子さん(67)は、 錦さんの生後約1カ月でダウン症の告知を受けた。 「障害児なんていらない」との思いがよぎったが、「ゆっくりだが普通に成長できる」という担当医の言葉で前向きに考えられたという。 美代子さんは「この子のおかげで、私の人生には厚みや幅がでた。錦がダウン症だったことは、私にとってプラスになりました」と話している。
(岡崎明子)
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新出生前診断 拡大案
研修受けた産科医なら検査可 朝日新聞 2019(平成31)年1月10日
胎児にダウン症などがあるかを調べる「新型出生前診断(NIPT)」について、日本産科婦人科学会(日産婦)は9日、他学会を交えた委員会で、検査できる施設を拡大する案を説明した。要件を緩和して研修を受けた産婦人科医がいる分娩施設であれば検査を認める内容。 一方、NIPTは結果次第で妊婦は産むかどうか重い決断を迫られることなどから、拡大に反対する意見もあり、春をめどに詰めの検討を進める。
生命の選択 懸念も
いまは大学病院や周産期センターなど92カ所に限って認可施設となっている。十分なカウンセリングができないと妊婦が混乱するといった理由から、産婦人科医と小児科医が常勤し、どちらかが遺伝専門医の資格を持ち、かつ遺伝の専門外来を設置していることなどが要件だ。 案では今の認可施設を「基幹施設」と位置づけるほか、 新たに検査できる「連携施設」という区分を設ける。 中絶手術ができる資格を持ち、日産婦の研修を受けた産婦人科医がいるなどの条件を満たす分娩施設が対象で、産婦人科医が遺伝専門医の資格を持ってなくてもよい。小児科医の常勤なども必須ではない。
日産婦が緩和を目指す背景には、認可外の施設での検査が相当増えているとみられることがある。認可に法的拘束力はなく、年齢制限がなかったりする認可外の施設が国内に十数カ所あるとされる。昨年から、日本人類遺伝学会や日本小児科学会などを交えて協議。カウンセリングなどが不十分な場合もある認可外で検査を受ける妊婦を減らすことを目指している。
一方、検査結果によっては、妊婦は生命をめぐる重い選択を迫られる。出席する学会の関係者は「障害のある子どもや家族と接する機会がない産婦人科医だけで、十分なカウンセリングができるとは思えない」と反対する。 別の関係者は「今よりかなり多くの人が検査を受けると、『障害を持つ子を産むことはよくない』という考えが広まりかねない」と危ぶむ。
NIPTは国内では2013年に始まった。原則35歳以上の妊婦が検査を受けられ、採血によりダウン症など三つの染色体異常の可能性が高い精度でわかる。 認可施設でつくる団体の集計では、昨年9月までの5年半で約6万5千人が検査を受けた。うち胎児に染色体異常が確定した妊婦866人の約9割が中絶した。ただ、認可施設での件数は17年春から微減や横ばい傾向が続く。
(福地慶太郎、戸田政考)
「新型出生前診断(NIPT)」とは
「出生前診断」は、胎児に先天性・遺伝性の病気、奇形、染色体異常などの有無を調べる検査の総称ですが、「新型出生前診断」とは、2013年に日本で認可された胎児の染色体異常を調べるスクリーニング(選別)検査です。 妊婦から採血し、その血液中の遺伝子を解析することにより、胎児の染色体異常を調べる検査で、母体への負担が少なく、流産や感染症のリスクがないのが特徴。NIPTは、Non-invasive prenatal genetic testingの略です。
新出生前診断を拡大
今夏にも 産科医院も可能に 朝日新聞 2019(平成31)年3月3日 (1面)
「新型出生前診断(NIPT)」について、 日本産科婦人科学会(日産婦)は2日、施設条件を大幅に緩める案を理事会で了承した。条件を満たした産科医院でも検査できるようになり、検査施設は倍増するとの見方もある。関係学会や一般の意見も聞いたうえで、夏にも運用を始める。
従来の認可施設を「基幹施設」と位置づけ、新たに「連携施設」の区分を設ける。 研修を受けた産科医が常勤することが連携施設の主な条件だ。また、障害のある子どもとの接点が多い小児科医の関与を求める声があり、日産婦は当初案を修正、連携施設の条件に常に連携している小児科医がいることを加えた。日産婦関係者は、すぐに100カ所近い連携施設ができるとみる。
日産婦は緩和の理由に、認可外施設の存在を挙げる。学会のルールと関係なく相当数の検査が行われているとみられ、結果の説明が不十分で妊婦が戸惑う事態も起きている。連携施設を増やし、認可外で検査を受ける妊婦を減らしたい思惑がある。 NIPTでは検査前後のカウンセリングが重視されている。検査の結果次第で人工中絶をするか否か、重い判断を迫られるためだ。現在は産科医と小児科医、カウンセラーらが協力して行う。 連携施設で受ける場合は、まず産科医が行い、陽性の場合は基幹施設でカウンセリングをする。 陽性の場合、結果を確定させる羊水検査や人工中絶手術、出産は連携施設で行うことが原則だが、妊婦が希望すれば基幹施設で行える。
(福地慶太郎)
「不適切検査減らす」強調 朝日新聞 2019(平成31)年3月3日 (2面)
「新型出生前診断」(NIPT)を、現在より多くの医療機関で受けられるようにする。 条件緩和を決めた日本産婦人科学会(日産婦)は、学会ルールを守らない認可外施設で検査を受けるカップルを減らすためだと意義を強調した。NIPTは結果次第で命をめぐる重い決断を迫られる。緩和してカウンセリングの質が担保できるのか、危ぶむ声もある。 緩和を議論する日産婦の委員会に参加した日本ダウン症協会は、「広く国民的な議論が必要だ」とする見解を、1日発表した。また、同協会は陽性が出た妊婦の相談を受けてきた。協会だと相談の心理的ハードルが高いとして、「検査機関でも協会でもない相談窓口の整備が必要だ」と訴えている。
(大岩ゆり、福地慶太郎)
新出生前診断 緩和に「懸念」 朝日新聞 2019(平成31)年3月6日
新型出生前診断(NIPT)を行う施設の条件緩和案を、日本産科婦人科学会(日産婦)が理事会で了承したことについて、日本小児科学会は5日、「(子どもの代弁者である)小児科医の関与が不十分な体制で実施施設の拡大を目指している」と懸念を表明。施設条件の議論を続けるよう求めた。
視/点 受診者の理解 支援を 朝日新聞 2019(平成31)年3月3日
総合病院だけで行われている新型出生前診断(NIPT)が、条件を満たせば産科医院でもできるようになる。 検査を受けられる施設は一気に増えるだろう。 ただ、重い選択を迫られる検査だと、カップルがしっかり理解することが欠かせない。認可施設でつくる団体の集計では、昨年9月までの5年半で約6万5千人が受検。陽性が出て、染色体異常の診断が確定した妊婦886人の約9割が中絶した。決断を後で悔やむ人もいる。陰性でも、中絶も考えて検査を受けたことへの自責の念にかられる母親もいると聞く。
だからこそカップルが理解を深め、検査が必要かどうかを考える機会となる検査前のカウンセリングの意味は重い。連携施設だと産科医がまずカウンセリングを行うが、障害のある子と接する機会が少ない産科医が担い、小児科医の関与が必須ではないことを疑問視する専門家もいる。また病院は1回の検査で数万円の収入があるとされる。検査を受けるよう産科医が妊婦を「勧誘」しないか、カウンセリングをする立場としては不適切とみる声もある。
だが、検討はこうした意見が制度づくりに反映されず、緩和ありきで進んだ印象が強い。日産婦には、関係学会の指摘や意見に丁寧に耳を傾け、検査を受けるカップルが戸惑わないよう対策を求めたい。
(福地慶太郎)
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新出生前診断 拡大先送り 学会間で対立 国が対応検討 朝日新聞 2019(令和元)年6月23日 (1面)
妊婦の血液からダウン症など、おなかの赤ちゃんの三つの染色体の変化を調べる新型出生前診断(NIPT)について、厚生労働省はあり方について検討する方針を決めた。日本産科婦人科学会(日産婦)が3月に公表した拡大案に他学会が反対しているほか、独自に手がけるクリニックが急増しており、国として対応が必要だと判断した。日産婦は22日、運用の先送りを決めた。
出生前診断 学会指針に限界 認定外施設が増加 質に懸念 朝日新聞 2019(令和元)年6月23日 (3面)
NIPTには産むか産まないかという重い決断が伴う。これまでダウン症などの疑いが指摘された人の8割近くは中絶を選んだ。このため本来は検査の前後に十分なカウンセリングが欠かせない。当初は臨床研究として、日本産科婦人科学会(日産婦)や日本小児科学会、日本人類遺伝学会など関連5団体の議論を経て、日本医学会が認定する施設だけで実施する形で始まった。
一方、血液の分析は検査会社が担うため、カウンセリングを除けば、医療機関で採血するだけ。自費診療なので価格も自由に決められる。「検査会社との契約を安く抑え、カウンセリングを手抜きすれば、利益が上がる」とある認定施設の産婦人科医は話す。 認定外でNIPTを実施しても罰則はないため、一部の民間クリニックなどは、2016年ごろから参入。形成外科医や精神科医など産婦人科以外の医師が、ネットに広告を出し、現在の指針で対象外の35歳未満も対象にしたり、安さを売りにしたりするところも現れている。
国、日産婦に「待った」
こうした状況を受け、日産婦は3月、施設要件を緩和した新指針案を公表した。表向きは、▷認定外施設ではカウンセリングなどの質を担保できない▷認定施設の少ない地域があるため、もっと実施施設を増やす必要がある―、などを拡大の理由に挙げる。 ただ、日産婦が緩和を目指した背景には、産科医からの要望もある。認定外施設の受診者数は不明だが、認定施設は16年後半から実施件数が減少傾向で、相当数が認定外施設に流れていると推測される。これまで認定施設は「小児科医も常駐」などという条件があるため、総合病院が多かった。産科だけのクリニックなどからは、産科と無関係の認定外施設が手がける中、指針を守る自分たちが実施できないのはおかしいという声が出ていた。
一方、ほかの学会からは「NIPTに利益相反を持つ一部の日産婦だけが議論するのはよくない」「カウンセリングが不十分になる」という批判が相次ぎ、厚生労働省も問題視。21日、日産婦に「待った」をかけた。厚生労働省で必要な議論を行うとして、日産婦には「厚労省での議論を踏まえた対応」を求めた。 日本人類遺伝学会の松原洋一理事長は、「関係者を集め、公に話し合える場ができるのは良いことだ」と評価する。 技術の進展に伴い、海外などでは、より多くの染色体の変化を調べるNIPTも実施されている。日本医学会の門田守人会長は「出生前診断だけでなくゲノム編集など、出生をめぐる技術はどんどん進んでおり、人類の尊厳といった大きな見地で議論が必要になっている。近い将来に備えて議論するいい機会だ」と話している。
新型出生前診断を巡る経緯 |
2013年 3月 |
検査前後の遺伝カウンセリング体制などを要件とした指針を日本産科婦人科学会(日産婦)が公表。厚生労働省も十分な遺伝カウンセリングを求め通知
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4月 |
認定を受けた医療機関で検査の臨床研究を開始 |
2016年11月 |
指針や通知を無視した非認定施設による検査の中止を求め、日本医学会など5団体が共同声明 |
2019年 3月 |
日産婦が認定施設の枠を大幅に広げる指針改定案を発表 |
(大岩ゆり、水戸部六実)
着床前診断の審査 日産婦、見直し検討
「命の選別」めぐり議論へ 朝日新聞 2019(令和元)年8月29日
受精卵を元に遺伝病を調べる着床前診断について、日本産科婦人科学会(日産婦)は、審査体制などの見直しを検討する。「命の選別」につながるという批判があり、現在は重い遺伝病に限っているが、命にかかわることがまれな病気の診断を申請されたため。31日の理事会で議論する。 着床前診断は、体外受精させた受精卵の遺伝子や染色体を調べる。遺伝性の病気などを受精卵段階で知ることができるが、病気や障害のある人の排除につながるという批判もある。
日産婦は、受精卵の染色体を調べる着床前診断について、不妊治療の流産リスクを減らせるか検証するため、全国の医療機関で臨床研究を準備している。一方、遺伝病の診断は、成人になるまでに死亡したり、治療法がなかったりするなどの重い病気に限定。医療機関の申請を受け、日産婦内で複数の専門家が一例ごとに審査している。
一方、命にかかわることはまれでも、日常生活に影響の大きい遺伝病もある。 大阪市の女性(37)は子どもの頃、「網膜芽細胞腫」という遺伝性の目のがんを両目に発症し、右目を摘出した。次男(3)も3週間で両目にがんが見つかり、弱視となった。 女性は3人目の出産を希望しており、昨年、医院を通じて、日産婦に着床前診断を申請。いったん退けられたが、所属する患者団体が質問書を提出。今年4月に再申請した。 女性は「自分からの遺伝のせいで、これ以上、子どもを病気にさせるのは耐えられない。次男が大人になって子を望んだ時、着床前診断も選べるようにしてあげたい」と話す。
藤田医科大の倉橋浩樹教授(分子遺伝学)によると、日常生活に影響が出る遺伝病は、視力に障害がでる「網膜色素変性症」や、皮膚がただれたり、水ぶくれができたりする「表皮水疱症」などがある。このほか成人後に発症することが多く、うつ症状や認知障害などに悩まされる「ハンチントン病」、「リ・フラウメニ症候群」なども重い遺伝病だという。
網膜芽細胞腫の申請を認めた場合、ほかの遺伝病の患者からの申請も増える可能性がある。遺伝子検査の進歩で、命に関わる可能性がどれくらいあるかなど予後のデータが少ない、まれな遺伝病の患者からの申請も予想される。そのため、日産婦は今後の審査体制や診断基準などについて話し合うことにした。
生命倫理が専門の東京大医科学研究所の神里彩子准教授は「診断のあり方を一学会で決めるのは限界に来ている。診断が認められる重篤性の基準をどこにおくか、社会的な議論が必要だ」と指摘している。
(水戸部六実)
うしており、
「命の選別」か 遺伝病の予防か
着床前診断の対象拡大案 専門家ら議論 朝日新聞 2020(令和2)年1月26日
「当事者と向き合い決めて」の声も 遺伝病を防ぐために受精卵の遺伝子を調べ、問題がないものを選ぶ着床前診断をめぐり、日本産婦人科学会(日産婦)は25日、診断対象の拡大案を示し、公開で議論を始めた。
着床前診断は、体外受精した受精卵から一部の細胞を取り出して遺伝子を調べ、問題ないものを子宮に移植する。遺伝子の変異による病気は8千種類以上あると考えられ、英国では遺伝性の乳がん・卵巣がんなど、600種類以上が診断の対象になっている。
日本では、日産婦が遺伝病の人の「命の選別」の懸念があるとして、診断の対象を子どもの時に発症する重い遺伝病に限定。デュシェンヌ型筋ジストロフィーが多かった一方、ほぼ子どもの時に発症するが、必ずしも命に関わらない目のがん「網膜芽細胞腫」にも拡大を求める意見が出ていた。
これまでの診断の基準は、日産婦が決めて審査をしてきたが、対象の拡大をめぐっては、様々な意見や価値観を採り入れて検討する必要があると判断。対象の遺伝病を 有効な治療法がない 高度で負担の大きな治療がないと生存できないもの――とした上で、大人になって発症したり、日常生活に大きな影響が出たりするものにも広げる案を作り、医学や人文社会科学の専門家27人で議論することにした。 この日は、専門家へのアンケート結果を公表。対象の病気を、従来通り大人になる前に発症するものに限るかは、医学の専門家の過半数が「反対」で、人文社会科学の専門家の過半数が「不明」の空欄だった。
議論の中では「もっと(診断を希望する)当事者と向き合って決めてほしい」「障害に対する差別や偏見を置き去りにして、基準だけを議論して良いのか」などの意見が出た。日産婦は今後、患者や一般の人の意見も聞いた上で、新たな診断基準や審査のあり方を決める。 日産婦の木村正理事長は「遺伝子の検査が短時間で安価にできるようになった。2000年代に作ったルールで、我々だけで議論して決めて良いのか迷いがあった。幅広い意見をうかがいたい」としている。
(水戸部六実、阿部彰芳)
朝日新聞 社説 2020・2・12
遺伝子操作の時代
「坂道」を滑り落ちぬために
世界中を驚かせた「ゲノム編集ベビー誕生」の発表から1年余り。中国の裁判所は昨年末、研究者に懲役3年と罰金刑を科したが、根源的な解決は遠く、問題はくすぶり続ける。 ねらった遺伝子をピンポイントで書き換えるのがゲノム編集だ。農水産物の品種改良などに使われるが、対象が人の受精卵となると話は違う。
生まれる子に健康被害が出たり、思わぬ影響が子孫に受け継がれたりする恐れは拭えず、世界保健機関(WHO)の専門家会議は「現時点で臨床応用は無責任」との見解を示している。厚生労働省の委員会も、禁止のため法規制を含む措置をとるべきだとする報告をまとめた。それでも、受精卵の段階で遺伝子の異常を修復する基礎研究は世界各地で行われ、欧米の学術団体が条件を満たせば応用も容認されうると表明するなど、予断を許さぬ状況が続く。
そんななか、立ち位置がなかなか定まらないのが日本の現実だ。生命とは何か。技術の進歩にどう向き合うべきか。社会全体で考えなければならない課題が、山積している。
なし崩しの危うさ 1978年、世界初の体外受精児が誕生した。倫理に反するとの批判や疑問が巻き起こったが、やがて広く受け入れられ、今や日本では子どもの16人に1人がこの方法で生まれる。90年代には、体外受精した受精卵の一部を取り出して遺伝子の状態を調べ、問題ないものを子宮に移植する「着床前診断」が可能となった。
病気や障害のある人への差別につながりかねないため、日本では重篤な遺伝性の病気を対象に診断を認めてきた。その範囲を広げるかどうか、日本産科婦人科学会で先月末から議論が始まった。失明の恐れはあるが、命にかかわるとまでは言えない目のがんについて、申請があったのを受けた動きだ。
科学の進歩で病気の原因となる遺伝子の異常が次々と判明している。一方で、何を「重篤」ととらえるかは、立場や価値観、社会状況によって異なる。現行ルールはおよそ20年前につくられたものがベースになっているため、再検討する。 妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる「新型出生前診断」をめぐっても、状況は揺れる。学会の指針で、3種類の異常についてのみ、カウンセリング態勢を整えた施設での実施が認められてきた。だが、これに従わない認可外施設が横行し、対処が求められている。
受精卵のゲノム編集、着床前診断、新型出生前診断――。問われているのは、生まれてくる命に対し、遺伝子レベルでの介入をどこまで認めてよいかということだ。最初は限定的でも、なし崩しに広がってしまう「滑りやすい坂道」の上に立つことでも、三つは共通する。
問われれる「命の選別」 病気や障害を排除し、より優良と考えられる子孫を残そうとする思想は「命の選別」とされ、ナチスへの反省も踏まえて批判の対象だった。しかし技術革新がその意味の問い直しを迫る。
例えば、ゲノム編集によって本来生まれてくることのできない異常のある受精卵を治せるなら、それは新生児を救う「医療行為」と同じで、「命の選別」とはいえない可能性がある。ならば認めても良いのではないかとの意見が予想される。
だが現実には、治療と予防を区別するのは容易ではない。では知能や身体能力を高めるための改変はどうか。個人の尊重を唱えるのなら、一律に禁止する根拠や理由はあるのか。 この考えを突き詰めれば、親の希望で遺伝子を書き換えるデザイナーベビーを容認せざるを得なくなるかもしれない。一人ひとりの親が自分にとって最適な選択をしたとしても、望んだ社会になるとは限らない。もたらされるのは、多様な生を認めない生きづらい世の中ではないか。そんな声にも耳を傾け、合意点を見いだす必要がある。
パッチワークを超え 日本では新しい生殖技術が登場すると、そのつど対応を検討してきた。結果として、法律、行政機関の指針、学会による自主規制などが乱立。パッチワーク状態になっていて、貫く原則や理念は見えてこない。 第三者の精子・卵子を使った生殖補助医療や代理出産も同様だ。この権利や福祉に直接影響する話であり、多様な角度から検討して、整合のとれた制度を築くことが不可欠だ。
政府の総合科学技術・イノベーション会議の下に生命倫理専門調査会が設けられてはいる。だがテーマは限られ、経済成長を目的とする会議体のため、人権や福祉の視点からの検討は軽視されがちだ。独立性の高い組織を設ける必要がある。国際的な動向への目配りも欠かせない。 社会として守るものは何で、新しい技術に何を期待し、許容するのか。簡単に答えの出ない問題だからこそ、態勢を整え、考えを深めなくてはならない。
新出生前診断 認可施設増へ
指針改定 診療所など約70カ所 朝日新聞 2020(令和2)年6月21日
日本産科婦人科学会(日産婦)は20日、妊婦の血液からおなかの赤ちゃんのダウン症など三つの染色体異常を調べる新型出生診断(NIPT)について、診療所など小規模な医療機関でも受けられるように指針を改定したと発表した。妊婦の支援体制を整えることなどが条件。これにより、全国で70カ所ほど認可施設が増える可能性があるという。厚生労働省に報告した上で、正式に決める。
新たな条件としては、日本産科婦人科遺伝診療学会が主導する認定制度に合格した産科医がいる▷日産婦など4学会でつくった説明文書を使う▷日本小児科学会が認めた小児科医と連携し、相談に応じられる▷検査の実施前後に、自由に小児科医に相談できる窓口がある▷結果が陽性だった場合に、遺伝の専門医が出張するなどしカウンセリングするしくみがある――などを満たすこととした。
NIPTは国内では2013年に始まったが、人工中絶などの重い選択につながるため、日産婦などが定めた条件を満たした全国109カ所の大学病院などでのみ認められてきた。 ただ、無認可で独自に検査をする施設が増え、陽性の判定結果だけを伝え、その前後の相談には応じなかったり、この検査だけで診断が確定するわけではないことを伝えなかったり、トラブルも報告され始めた。 日産婦はこうした施設に妊婦が流れないよう認可施設を増やす方針案を19年3月に公表。これに対し、日本小児科学会や日本人類遺伝学会が「不十分な体制の下に安易に行われるべきではない」として慎重な対応を求めていた。
NIPTは原則35歳以上の妊婦が対象。認可施設でつくる「NIPTコンソーシアム」の集計では、19年3月までに約7万2500人が検査。うち胎児に染色体異常が分かった妊婦約1150人の約8割が中絶した。
(市野塊、後藤一也)
新型出生前診断 無認可が54施設
厚労省、初の全国調査 朝日新聞 2020(令和2)年7月22日 新型出生前診断(NIPT)について、日本医学会の認可を受けずに検査をしている無認可施設が少なくとも54カ所あり、認可施設では認められていない染色体異常や性別判定なども実施していることが、厚生労働省の初の全国調査で21日、分かった。
「命の選別」につながるとして慎重な扱いが求められている検査が、無認可施設で広がっている実態が浮かんだ。厚労省は22日の作業部会で結果を報告し、今後の検査のあり方などについて議論する。 調査結果によると、判明した54カ所の無認可施設は東京や大阪などの都市圏に集中。うち24施設が妊娠・出産とは関係ない美容外科や皮膚科だった。さらに40施設では検査の際のカウンセリングを実施していなかった。無認可施設への聞き取り調査では、検査の説明資料を用意していない施設があることもわかった。
(市野塊、後藤一也)
認定外の出生前診断「ビジネス化」
朝日新聞 2020(令和2)年7月28日
妊婦の血液からおなかの赤ちゃんのダウン症などがわかる新出生前診断(NIPT)に、民間クリニックなど、日本医学会の認定を受けない施設の参入が相次いでいる。手軽に早く検査を受けたいと望む妊婦らの受け皿になっているが、妊婦の不安がビジネス化される実態も浮かぶ。
カウンセリング無き参入相次ぐ
「採血をして頂くだけで、1採血当たり3万円の採血料をお支払いします」 昨年、大阪府内の産婦人科の開業医のもとに、ある仲介業者からこんな資料が送られてきた。 妊婦は業者がインターネットで募ったうえで紹介するという。血液を検査業者にまわす手配、検査結果の妊婦への連絡も全て業者が担うため、医療機関は採血以外の手間がかからない。
NIPTは中絶という重い判断や障害をもつ人への差別につながる懸念があることから、慎重に進められてきた経緯があり、カウンセリングを受けられることが認定施設の条件になっている。だが、この業者と提携する関西地方のクリニックは採血だけで、その前後に妊婦のカウンセリングをする体制はとっていない。クリニックの女性医師(50)は、「妊婦さんはすでにインターネットで情報を得ている。結果が出た後どうするか、女性自身が自分の意思で決めているなら、採血を受けられる機会は増えた方が良いはずだ」と話した。
この業者の事務所を訪ねた。社員を名乗る初老の男性が取材に応じた。なぜ、採血だけを請け負う医療機関を募るのか? 男性は答えた。「一般の人が待ちくたびれているから」 認定施設は現在、大学病院など全国109カ所に限られる。一方、「近くに施設がない」「予約がとりにくい」などの声もあり、認定外の施設に妊婦が流れている。
「費用高くても結果ほしい」 東京都の会社員女性(38)は「事前にわかることは全部知りたい」 検査を希望したが、カウンセリングも受ける必要があり、原則夫婦で平日に2回来院が必要と言われた。しかし、夫婦共働きで、平日に時間を合わせて通院するのは難しかった。インターネットで、日曜日も受け付けているところを見つけた。自宅に近く、口コミや検査実績も多い。そこがたまたま認定外施設だった。
検査前のカウンセリングは集団で説明を受ける形式だった。結果は郵送で、「陰性」。特に不便は感じなかった。だがもし「陽性」だったら? 「迷ったかもしれないし、専門家の話をききたかった。予約や手続きが大変で受けられなかったが、本当なら認定施設で診断してもらいたかった」 認定外施設で受けた別の東京都の会社員女性(35)は、NIPTを受ける場合、また認定外を選ぶという。追加料金を払えば、認定施設では対象外の染色体の異常なども調べられるからだ。「検査費用が高くても、障害がある子を産んで仕事を辞めなくてはいけなくなったときのことを考えたら安い。ほしいのはカウンセリングより結果。お金で安心を買う」
質担保するため 指針を改定 日本産科婦人科学会は指針を改定し、産婦人科のクリニックなどでも受けられるようにする方針だ。検査の前後に小児科医に相談できる窓口があることなど、一定の基準を満たせば施設として認定される。ねらいは検査を希望する妊婦の受け皿を増やすことにある。ただこうした指針改定で認定外施設が減るかはわからない。
日本ダウン症協会はNIPTの実施は否定しない立場だが、運用に懸念があるとする。玉井邦夫代表理事は「NIPTは一種の『不安ビジネス』。障害がある人やその家族に対する社会制度の不備を指摘し、不安を正当化するのはたやすい。しかし我々(協会メンバー)は幸せを感じて生きているし不備や偏見を乗り越える知恵も持っている。そうしたことも知ってほしい」と話す。
(水戸部六実、市野塊)
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新型出生前診断 本格議論へ
地域のクリニックに拡大 焦点 朝日新聞 2020(令和2)年10月26日
新型出生前診断(NIPT)について、厚生労働省は28日、新たな検討部会を立ち上げる。日本産科婦人科学会(日産婦)が公表した、地域のクリニックでも検査を受けられるようにする新指針の扱いが焦点になる。ただ、中絶につながる可能性のある検査でもあり、慎重な意見もある。
厚労省 28日に検討部会 進む技術 受け入れどこまで 日本人類遺伝学会の関係者は「本来は国民全体の総意で決めなくてはいけない。だが人によって意見が割れるテーマでもあり、国や政治家も動きがにぶい」と話す。 技術の進歩によって、おなかの赤ちゃんの情報が詳しく分かる時代になった。こうした技術をどこまで受け入れるのか。生まれる前の赤ちゃんの病気を親はどこまで知るべきなのか。妊婦や出産の選択をめぐる女性の生殖の権利、おなかの赤ちゃんの権利をどう考えるか――。こうした議論は深まっていない。検討部会で議論されることを期待する声もある。
検査前後のカウンセリング 格差 ダウン症の娘の父親で、日本ダウン症協会の理事でもある大阪医科大の玉井浩・小児高次脳機能研究所長(小児科)は「検査を受ける家族に、(生まれた後の子どもの)合併症など不安な情報が多く伝わっている」現在のNIPTのあり方に疑問を投げかける。
親の主体的な選択を支援するためにも、検査前後のカウンセリング体制はとりわけ重要とされる。だが、厚労省の調査では、認定施設でもカウンセリングに費やす時間にばらつきがあるなど、施設間に格差がある実態が明らかになった。 「ダウン症の子も悲しいことは悲しい、うれしいことはうれしいと感じるのは健常な子と同じ。運動機能や知的な発達は遅いかもしれないが、心は決して遅れない。いまのまま認定施設を広げるのは不安だ」
2013年に認定施設になった横浜市立大病院ではこれまでNIPTで陽性となり、羊水検査などで診断が確定した人は約100人いるが、多くは中絶を選んでいるという。遺伝子診療科の浜之上はるか講師(産婦人科)は「訪れるカップルの多くは遺伝カウンセリングの中で、『なぜ受けたいのか』『受ける必要 があるのか』をよく考えて検査を受けている」としたうえで、検査の拡大によって「周りも受けているから」と十分に考えないまま検査を受ける人が増えることを懸念する。「当事者ではない人も含めすべての人が、本当に必要な技術なのかをもっと考えなくてはいけない」と話す。
(市野塊、後藤一也)
新型出生前診断 国が関与
厚労省方針 施設基準 指針を作成 朝日新聞 2021(令和3)年3月18日
新型出生前診断(NIPT)について、厚生労働省は17日、認定施設の審査に国がかかわる方針を明らかにした。施設の基準を決める指針の作成にもかかわる。厚労省の専門委員会に案を示し、おおむね合意を得た。 案によると、国は日本医学会を中心とし、日産婦などの関連学会や障害者団体、生命倫理の専門家などで協議する組織を新たに設置。この組織の中で指針をつくり、施設の認定をする。認定後の運営についての評価や見直しも行う。
「命の選別」につながるとの指摘があり、NIPTを推奨していると受け止められないよう、国はこれまでは関与に慎重な姿勢だった。 しかし近年、指針に従わない認定外施設が急増。日産婦は昨年6月、認定施設を増やす新たな指針案を公表し、厚労省の専門委員会で指針案も含めてNIPTのあり方を議論していた。 厚労省はまた、すべての妊婦に対し、NIPTなどの出生前検査について情報提供する方針も示した。国が指針に関与し、影響力を強めて認定施設への信頼を高めるねらいがある。
(市野塊)
新型出生前診断 認定施設拡大へ 厚労省専門委 最終報告案 朝日新聞 2021(令和3)年4月1日
厚生労働省の専門委員会は31日、最終報告案をまとめた。認定施設をクリニックなど小規模な医療機関にも広げる。今夏にも厚労省と関係学会当事者団体などで構成する新組織を立ち上げ、施設基準などを議論する。
厚生労働省:NIPT等の出生前検査に関する専門委員会
着床前診断 対象拡大へ 日産婦が最終報告案 朝日新聞 2021(令和3)年6月23日
体外受精させた受精卵の遺伝子や染色体を調べ、異常のないものを子宮に戻す「着床前診断」。「命の選別」につながりかねないとの指摘があり、対象となる病気を限定し、慎重に進められてきた。いま、この対象を広げる方向で、検討が進んでいる。(神宮司実玲)
命にかかわらない病気でも 現在は「重篤な」遺伝性疾患が対象で、人工呼吸器が必要となり、成人になるまでに命を落としかねない病気が想定されてきた。1999~2015年度にはデュシェンヌ型筋ジストロフィーなど120件が対象になった。 それを日常生活に大きな影響がある重い病気に広げる。「有効な治療法がない」「高度で負担の大きな治療が必要となる」ことなどを条件とするが、命にかかわることを必ずしも条件としない。日産婦内で議論を続け、新たなルールを決めて公表する予定だ。
議論のきっかけは19年、遺伝性の目のがん「網膜芽細胞腫」の患者による申請だった。失明のおそれはあるが、命にかかわることはまれだ。ほとんどが子どもの時期に発症する。このときは対象と認められなかったが、基準や審査体制を改めて検討するきっかけになった。人文社会学の専門家、患者会などが参加し、公開で議論を重ねてきた。 2月に示された案では、発症年齢にも制限はなかった。しかし高齢になるまで発症せず、ほぼ健康に暮らせる遺伝性疾患もあり、「含まれる疾患が多すぎる」と日本神経学会が反対。最終報告案では「原則、成人までに発症する」重い病気に修正される。 ただ、着床前診断を受けることは患者や家族の否定につながる心配もある。
不妊治療として有効か 臨床研究 これとは別に、着床前診断が不妊治療として有効かどうかを調べる臨床研究も進んでいる。夫婦の受精卵の染色体を調べ、異常がないものを子宮にもどすことが、流産を減らし、妊娠率や出産率を高めることにつながるかを調べる。日産婦が認定した全国90カ所以上の医療機関で実施されている。
着床前検査 実施へ向けた課題は
日産婦 条件付きで容認方針 朝日新聞 2021(令和3)年11月17日
体外受精でできた受精卵(胚)の染色体を調べ、不妊治療の成功につなげる「着床前検査」。日本産科婦人科学会(日産婦)は10月、条件付きで実施を認める方針を示した。「流産を回避する効果が期待できる」とするが、病気や障害がある人の排除につながりかねないとの指摘もある。
「流産減らす効果期待」見解改訂へ 受精卵への影響■難しい選択■高額費用 正しい情報提供や相談体制を 検査の目的「国民的な議論必要」
(神宮司美玲)
出生前検査 年齢制限外す 新指針 施設に認証新制度 朝日新聞 2022(令和4)年2月19日(1面)
妊婦の血液から、おなかの赤ちゃんのダウン症などを調べる出生前検査(NIPT)について、日本医学会の委員会は18日、検査の対象となる妊婦の年齢制限などをなくすことを決めた。35歳以上とされてきたが、新指針では赤ちゃんの病気に不安を抱えるすべての妊婦が受けられる。4月以降、早い時期に始められるようにする。
海外では年齢を問わず広く検査している国もある。日本では2013年、学会が認めた大学病院などで臨床実験として始まった。現在は108カ所で実施されている。検査を経て陽性が確定した人の9割は中絶を選んでいるとの報告もある。検査はこうした重い判断も伴うことや、ダウン症などの障害のある人への差別につながる懸念もあり、慎重に扱われてきた経緯がある。 だが、採血だけで済む検査の手軽さもあり、近年は学会が認めていない認定外施設が増えた。 年齢などの条件を満たさない妊婦が流れる一方、十分な相談態勢がなく、突然の結果通知に妊婦らが混乱するケースも報告され始めた。
これを受けて、希望する妊婦は学会が認める施設で検査できるよう、関連学会や障害者福祉の関係者、国も参加して新たなルールづくりを議論してきた。新指針でも、「高齢の妊婦」「超音波検査で染色体異常が示唆された妊婦」らが主な対象だ。だが、これ以外でも、専門家による「遺伝カウンセリング」を受け、それでも不安が残る場合、希望すれば年齢にかかわらず検査を受けられる。 施設の新しい認証制度も始まる。学会が認める施設(新指針では認証施設)を増やすため大学病院などだけでなく地域のクリニックにも広げる。大学病院などと連携していることに加え、臨床遺伝専門医の産婦人科医か、研修を受けた産婦人科医が常勤していることが条件となる。認証施設は3倍近くに増える可能性がある。
(神宮司美玲、後藤一也)
出生前検査「認定外」利用増え転換 朝日新聞 2022(令和4)年2月19日(2面) 安く手軽 結果は偽陽性 認証施設の信頼度課題 生命倫理「議論続けて」 陽性の9割 中絶選択
認証施設か否かにかかわらず、検査そのものが広がっていくことに慎重な意見もある。 陽性が確定したケースの9割は中絶を選んでいる。検査はダウン症などの障害のある人への差別につながる可能性もあると指摘されている。障害のある子を育てることに環境面で困難を感じる人は少なくない。そうした社会のあり方や制度の改善に向けた議論を進めていくべきだ、との意見もある。 生命倫理に詳しい北里大の斎藤有紀子准教授は、「国や自治体には、基本的にどのような意思決定もサポートしつつ、検査を差別につなげない制度を構築する責任がある。『自己決定』という言葉で、女性や妊婦に責任を押しつけることはあってはならない」と指摘する。
「ダウン症のあるくらし」などの冊子をつくり、多様な社会を訴える「ヨコハマプロジェクト」の代表、近藤寛子さんは「生命倫理の問題はずっと議論し続けることであり、そのためには検査の統計をきちんととることを含めて、数年かけて多角的に検証してほしい」と訴える。 「認証施設には、意味のある心理的・社会的サポートを期待する。認証外施設で検査を受ける人は今後もいるだろう。そこでの検査に困ったり心を痛めたりしている妊婦を受け止めてサポートする役割も担ってほしい」
出生前検査 窓口 3.5倍に 朝日新聞 2022(令和4)年9月13日
日本医学会 地域のクリニックも認証
妊婦の血液からおなかの赤ちゃんの染色体異常を調べる出生前検査(NIPT)について、日本医学会の委員会は12日、地域の産婦人科クリニックなど178施設を「連携施設」に、26施設を「暫定連携施設」に認証したと発表した。旧制度では大学病院など108施設での実施に限られていたが、前回認証された169の基幹施設と合わせて、検査ができる施設が一気に3.5倍に拡がった。
連携施設のクリニックは、一定の研修を受けた産婦人科医が常勤し、基幹施設や小児科医と協力して遺伝カウンセリングを提供する体制を整えている。検査で陽性になった妊婦の遺伝カウンセリングは原則、基幹施設の専門家が対面やオンラインで行う。 暫定連携施設には周産期専門医が常勤しているが、検査前後の遺伝カウンセリングは、原則基幹施設の専門医が説明する。 今回認証された204施設での実施は9月26日から。具体的な医療機関名は、週内に委員会のHPで公開される予定。
NIPTは、検査の特性や結果の解釈について、利用者への丁寧な遺伝カウンセリングが必要とされる。そのため、旧制度では産婦人科医や小児科医が常勤し、どちらかが臨床遺伝専門医であるなど、地域のクリニックが認められるには高い壁があった。 しかし、妊婦の血液だけで検査ができる手軽さから、学会が認めていない医療機関が検査をするようになった。そうした医療機関の一部では、「陽性」の結果に対する説明が十分されず、妊婦はとまどうケースがあった。
認められていない医療機関で検査を受ける人を減らすため、関連学会などは条件を緩和して認証施設を増やすねらいで新指針を2月に公表し、7月から本格的に運用を始めた。 これまでは妊婦に検査の存在を積極的に知らせなかったため、認定制度があることを知らずに、認められていない医療機関で検査をした人も多いとみられている。新しい運用では、母子手帳の交付時などに、検査について知らせることになり、認証施設での検査を促していく。
(後藤一也)
朝日新聞 社説 2024・9・11
着床前検査の拡大
滑りやすい坂道くだるには
重い遺伝性の疾患が子どもに伝わるのを防ぐ着床前検査の審査基準が緩和された後、初めてとなる結果が先月公表された。日本産科婦人科学会によると、昨年審査した72件のうち、承認は過去最多の58件になった。 生まれてくる子どもが健康であってほしいという願いは切実だ。子どもを持つことをあきらめていた人には朗報となろう。一方で不承認も3件あり、審査の経過に関して丁寧な説明が求められる。 医学の進歩で、病気の原因となる遺伝子が数多く特定され、検査で調べることもできる。人間の遺伝的な「質」への介入が可能となりつつある現在、生殖補助医療の規制と将来について考えてみたい。
緩和された基準
着床前検査は1990年に英国で始まった。日本では、「重篤な遺伝性疾患」を対象に同学会が一件一件審査。成人前に日常生活が強く損なわれたり亡くなったりするかを「重篤」の基準にしてきた。それが2018年、目の遺伝性のがんの子を持つ親の申請が不承認となったことをきっかけに見直しが進んだ。 22年に緩和された新しい基準では「原則」のひと言が加わり、例外を認める余地を残したのが特徴だ。今回承認された中にも、成人以降の発症を例外として認めたものがあるという。かつて不承認だった目のがんも承認された。 海外では成人後に発症する遺伝性の乳がんなども対象になっている。今後、希望する人が増え、対象となる病気が拡大することも予想される。他方、重い遺伝性の病気や障害を持ちつつ社会生活を送る人たちがいる。共生社会の実現がいまだ途上にあるなかで、受精卵の選択は、重い病気や障害のある子どもの出生を否定的にとらえる風潮につながりかねない。
日本では戦後、「不良な子孫の出生」を防ぐ目的の旧優生保護法のもと、病気や障害を理由に強制不妊手術が行われた負の歴史を持つ。人間を望ましい「質」と、望ましくない「質」とに分け、人為的に介入することに優生学の核心はある。国家による強制か、親の自発的選択によるものかは、必ずしも対立関係にあるわけではない。
公的機関が必要だ
何を「重篤」と考えるかは人それぞれで、明確な一線を引くのは難しい。「重篤な疾患」を対象とすることに疑問を持つ人もいるだろう。審査では、幅広い分野の専門家や患者団体にも意見を聞いている。ただ、会員以外に効力の及ばない一学会が人の価値観や生命倫理に関わる重い決断を担うことはもはや限界にきている。 そもそも日本には生殖医療に関する法規制がなく、多くが同学会のルールに基づき、実施されている。4年前から超党派の国会議員が生殖補助医療を規制する法案の検討を続ける。だが、現在の案は、第三者の精子や卵子で生まれた子の「出自を知る権利」の保障が中心で、着床前検査は含まれない。 朝日新聞の社説は生殖医療全体を統括する組織の必要性を訴えてきた。学会も公的機関設立を求め、政府や国会議員に再三要望を出している。日本学術会議も昨年、着床前検査に関する提言で「生殖医療と生命倫理の検討を所管する公の機関の設置が必要」と述べている。アカデミアからの真摯な訴えを、政府や国会はいつまで放置し続けるつもりなのか。
なし崩しに広がる恐れ
着床前検査の近未来にも少し思いをめぐらせてみたい。最新の統計(22年)では、日本の子どもの10人に1人は体外受精で生まれ、すでに身近な存在だ。さらに病気を回避する目的で体外受精を選ぶところに今回の特徴がある。 現在の対象は、単一の遺伝子が原因の病気に限られるが、海外では、複数の遺伝的要因が関係する病気の発症リスクを予測するようなサービスも始まっている。 「将来心臓病になる確率が99%、推定寿命が30・2歳」。こんな判定を出生直後に下された主人公が宇宙飛行士を目指す。「ガタカ」という米国のSF映画だ。受精卵を選んで出産することが当たり前の世界で、主人公は選別をせずに生まれてきた珍しい存在だ。前世紀末に公開された古い作品だが、リアリティーはむしろ今のほうが感じられる。
12年に発表された新しいゲノム編集の手法を使えば、受精卵の遺伝子操作も不可能ではない。18年に中国の研究者がこの方法で子どもを誕生させたことは記憶に新しい。 着床前検査は、いずれ親が子どもの才能や資質を選ぶ技術になる可能性を秘める。最初は限定的に認めたつもりでも、なし崩し的に広がってゆく「滑りやすい坂道」の典型だ。道をすでにくだり始めているのかもしれない。 であればこそ、段階をつくって、慎重に下りる。想定外のことや社会に不都合が生じ生じればいったん立ち止まり、引き返すことのできる勇気と思慮深さが求められる。 そのためにも公的機関の設置を急がねばならない。
広がる出生前診断
開始から3年半 受診者3万人超 朝日新聞 2016(平成28)年9月28日
妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断が臨床研究として始まって3年半。参加施設は全国約70病院に増え、受診者は3万人を超えた。希望者は事前のカウンセリングを経て、検査を受けるかを決めることになる。
カウンセリング 選択支える
新型出生前診断は結果が出るまで2週間かかる。「陽性」と出て人工妊娠中絶を希望する場合、決断まで時間的な余裕はほとんどない。希望者が検査精度の解釈や羊水検査のリスクなどを誤解していることも珍しくない。
染色体異常に伴う障害にはそれぞれ特徴や個人差があるが、「育てるのが大変」「つらい」との思いが先立つ人も少なくないという。 「カウンセリングではどんな病気が見つかっても育てていけるようにサポートすること、悩み抜いて出した決断は尊重することを丁寧に伝えるようにしている」
人材の育成が課題
臨床研究を実施する病院グループは今年9月、1年目の受診者のうち約7300人のアンケート結果を発表した。 平均年齢は38.3歳で、受診の理由として97%が「高齢妊娠を」を挙げたが、14%は「家族に勧められた」と回答。「流産のリスクがない」「妊娠早期から検査できる」を高く評価した。
参加施設の医師からは「臨床研究の役目は終えた」として施設要件などを満たせば実施できる仕組みへの移行を求める声が上がる。病院グループ事務局の関沢明彦・昭和大教授は「カウンセリングの中心となる病院が多くの都道府県で整備されつつある。(臨床研究の指針を作った)日本産科婦人科学会で臨床研究を続けるべきかを議論してほしい」と話す。検査の希望者は今後も増えるとみて、専門の医師・カウンセラーの養成を今後の課題に挙げる。
(南宏美)
ダウン症の人「毎日幸せ」9割超
厚労省研究班が初調査 朝日新聞 2016(平成28)年11月24日
ダウン症の人の9割以上が「毎日幸せ」と感じている-。厚生労働省の研究斑による、当事者への初の意識調査の結果がまとまった。産む前に、ダウン症など胎児の染色体異常を調べる「新型出生前診断」が広がる中、当事者のことをよく知ってもらうことで、適切なカウンセリングや支援体制につなげる狙いで行われた調査だ。
調査は昨年10〜12月、日本ダウン症協会の協力を得て、協会員5025世帯にアンケートを送付。12歳以上の852人(平均年齢22・9歳)が回答した。働いている人が約6割だった。
「毎日幸せに思うことが多いか」との質問には「はい」が71%、「ほとんどそう」が20%だった。「友達をすぐ作ることができるか」との質問にも、計74%が肯定的に回答した。海外で過去に行われたダウン症の当事者の研究結果ともほぼ一致する。
米国で284人の当事者に聞いた調査(2011年)でも、99%が「幸せ」と回答していた。日本ダウン症協会の水戸川真由美理事は「ふだん接している我々からすれば驚くべきデータではないが、数値化されたことに意味がある。当事者は自分の障害を深刻に受け止めているわけではないことを知って欲しい」と話している。
「検査前に実態知って」 新型出生前診断は、導入から3年で計3万615人が受け、染色体異常が確定した417人のうち94%が中絶を選択した。
ダウン症は、知的発達の遅れや心疾患を伴うことが多い。発達はゆっくりだが、豊かな感性や知性を発揮して活躍する人もいる。調査を担当した三宅秀彦・京都大特定准教授(遺伝医療)は「検査を受けるかどうか決める前に、ダウン症の実態を知って欲しい」としている。
人生に厚み 子のおかげ 東京都に住むダウン症の加藤錦さん(33)は2001年から、都内のパン屋で契約社員として働く。 月給は約10万円。結婚に備えて貯金し、休日にはカラオケでKinKi
Kidsの曲を歌う。「毎日、仕事のみんなと仲良くできるのが楽しい」と話す。
母の美代子さん(67)は、 錦さんの生後約1カ月でダウン症の告知を受けた。 「障害児なんていらない」との思いがよぎったが、「ゆっくりだが普通に成長できる」という担当医の言葉で前向きに考えられたという。
美代子さんは「この子のおかげで、私の人生には厚みや幅がでた。錦がダウン症だったことは、私にとってプラスになりました」と話している。
(岡崎明子)
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